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僕はトイレットペーパーを替えない人間が許せない。
そういうやつが家族にも一人いた。
それは実家暮らしの時だった。
う●んこをした後お●しりを拭こうと手を伸ばした先にいたのが、孤独に佇む神(芯)だった時が何度もある。
時には10cmほどの神(紙)を従えている姿も数えきれないほど見てきた。
お尻についた穢れを払うには頼りない長さの紙が残っているのを何度も見た。
そのたびににため息をつき、呆れを通り越して怒りに震えながら黙って神(芯)を取り出し、新たな神(紙)を装着させる。
あいつには何度も「次に使う人のことを考えてトイレットペーパーの芯をちゃんと変えてくれ」と言っても聞く耳を持たなかった。人の話を聞かないタイプの人間だ。
やつはそういう人間だ。
他に気になることと言えば、トイレを使った後はドアを必ず数センチ開けっ放しにし(決して換気のためではない)、麦茶を数cm残して食卓に出しっぱなしにすることはもちろん、食べた後の食器を片付けることもしないようなだらしがない人間だ。
きっとこの先もトイレットペーパーの芯を替えることはないだろうなと思っていたら、案の定その予感は当たり、やつは一度もトイレットペーパーの芯を替えないまま実家を出て行った。
大人になって一人暮らしをするようになってから
「どうしてトイレットペーパーを替えない人間がいるのだろうか?」
「どうしたら、そういうやつらがトイレットペーパーを替えるような人間になるのだろうか?」
ということを自分なりに考えてみた。
トイレットペーパーを替えない人間の心理
まずは、「トイレットペーパーを替えない人間の心理」について考えていきたい。
おおよそ3タイプに分けることができるだろう
- 次の人のことを全く考えない自己中タイプ
- 次の動作で精いっぱいの猪突猛進タイプ
- 芯をトイレットペーパーホルダーの上に直置きする中途半端タイプ
2つのタイプにまたがっている人間もいるだろうが大体こんな感じだろう。
次の人のことを全く考えない自己中タイプ
他人のことなんてまったく考えず、自分のことしか考えていない自己中タイプ。
こういうやつは、トイレットペーパーの芯以外でもその自己中さを遺憾なく発揮していることだろう。
指摘されようもんなら
- 次からは気をつけるから(笑)
- それくらい替えてくれてもいいじゃん
- 家族なんだから許してくれよ
などと言い訳をしてくるに違いない。もうどうしようもない人間だ。
次の動作で精いっぱいの猪突猛進タイプ
このタイプは、まあ仕方がない。
トイレットペーパーの芯を替えることを忘れてしまい、自分のケツを拭いて、水を流し、そしてトイレを出ることしか考えられない人も世の中にはいるだろう。
最終的には他人に自分のケツを拭かせることになるだろうが、仕方がない。
そういうタイプの人間もいる。
芯をトイレットペーパーホルダーの上に直置きする中途半端タイプ
これは一番たちが悪い。
「ここまでやったから、文句ないですよね?」感が気に食わない。
トイレットペーパーを替えた上で芯を上に置くならまだしも、芯だけを上に置いているやつが世の中にいることが信じられない。
指摘しようもんなら
「あそこまでやったんなら十分でしょ(笑)」みたいに言ってくるのであろう。
ぎりぎりセーフであり、ぎりぎりアウトな絶妙なラインを狙ってくる。
もしそいつが野球をやっていたのなら、世界最高のフレーミング技術を持つ審判泣かせのキャッチャーになっていたに違いない。
「トイレットペーパーを替えないくらい別にいいじゃん」とか思う人へ
「トイレットペーパーくらいすぐ替えられるんだから、いちいちイライラしてないですぐ替えればいいのでは?」
とか思う人もいるだろうが、そういう問題ではない。
これは「トイレットペーパーを替えないこと」に対して直接怒っているわけではない。
別にそれくらい対した労力でもないし3秒もあればすぐに変えられる。
ここで問題なのは
「次の人のことを考えていない自己中な性格」が問題なのである。
トイレットペーパーの芯もちゃんと変えないような人間なのだから
- ドアは開けたら開けっ放し
- 電気を付けたらつけっぱなし
- 出したら出しっぱなし
こういった「〇〇っぱなし」が日常生活においても蔓延していることだろう(実体験。
そういった小さなイライラの積み重ねも含めて問題視しているのである。
「たかがトイレットペーパの交換、されどトイレットペーパーの交換」なのである。
さらに言えば「人の話をちゃんと聞かない」「何度言っても直さない」「次に使う人のことをまったく考えていない」「他人への配慮をする気もない」性格に対しての不満でもある。
一人暮らしであればトイレットペーパーの交換はどうでもいい(自分には関係ないから)
だけど家族・共同生活する上では「次に使う人のことを考える」とか「例え家族だとしても配慮をする」ことが必要不可欠であり、それをないがしろにしている性格を問題視しているのだ。
なので、「すぐに自分でトイレットペーパーを替えればいいじゃん」という話ではないのだ。
トイレットペーパーを替えない人間を更生させる方法
大事な「トイレットペーパーを替えない人間を更生させる方法」について考えてみたいと思う。
いくら言っても直らないのだから、もう言葉で意識を変えてもらうなんてのは無理だ。
これは一種のヒューマンエラーだと捉えよう。
「紙がなくなったら次の紙を補充する」という意識が頭から抜け落ちるのであれば、それを嫌でも思い出すような仕組み作りをしなければこの問題は永遠になくならない。
その方法としては以下の3つが有効だろう。
- トイレットペーパーを目に付くところに置く
- トイレットペーパーの芯を捨てるゴミ箱を設置する
- 紙で「トイレットペーパーの芯を替えること!」などの注意書きを張る
これらについてもう少し深く考えていく。
トイレットペーパーを目に付くところに置く
- トイレ入って出すもの出す
- →お尻を拭く
- (紙がなくなったらトイレットペーパーを替える)
- →水を流す
- →トイレを出る
ここの流れしか頭にないので途中の「紙がなくなったらトイレットペーパーを替える」の部分がごっそりと頭から抜け落ちてしまっている。
それを無理やり思い出させるために「トイレットペーパーを目に付くところ」に置こう。
便器の横や上といった“視界に入りづらい場所”に置くのではなく、目の前やトイレットペーパーホルダーの横や、横側に窓があれば窓前のスペースなどの“自然と視界に入る場所”にいくつかトイレットペーパーを置いておく。
そうすることで視界にトイレットペーパーが入り「あっ、ここにトイレットペーパーがある。そうだ、なくなったから変えなきゃいけないんだ」と思うきっかけ作りになる。
見栄えの問題で便器の横や上に収納場所を作っている場合は
こういったものを使い、4~5個くらいのトイレットペーパーを目に付くところに置いておくことをおすすめする。
トイレットペーパーの芯を捨てるゴミ箱を設置する
上のやり方とセットでおすすめしたいのが「トイレットペーパーの芯を捨てるゴミ箱を設置する」ことだ。
紙を交換しない人間の中には「トイレットペーパーを替えるのが面倒なのではなく、芯を捨てに行くのが面倒くさい」と考えている人もいるだろう。
実際、トイレットペーパーを替えるだけなら数秒で済むし、替えるだけならそれで終わるから大した手間ではない。
ただ、それに「トイレットペーパーの芯を捨てに行く」という作業がプラスされることで「面倒くさいな」という気持ちが芽生えた結果、「トイレットペーパーの交換すらやらない」という状況が発生してしまうことが考えられる。
この方法は、一人暮らしの自分もやっていることだ(自分はちゃんと紙を交換する人)。
たいした距離ではないのだが、たった一つのトイレットペーパーの芯だけを捨てに行くのは面倒くさいと感じてしまう(手を洗った後に芯を触るのもなんだか抵抗がある)。
その気持ちをなくすために目の前に「芯捨て専用のゴミ箱」を設置した。
正確にはゴミ箱というよりもこういったオシャレなやつだ。
それをこんな風に使っている。
ここに芯がたまったらまとめてリサイクル場所に移す(大体1ヶ月置きくらい)。
この一つの手間で、“紙がなくなるたびに捨てに行く”ということがなくなったので、地味に快適になった。
普段からちゃんとトイレットペーパーを交換する人間でも楽になったのだから、交換しない人間にとっても有効だと考える。
『トイレットペーパーの芯を替えること!』などの注意書きを張る
最後の手段としては「『トイレットペーパーの芯を替えること!』などの注意書き」を目に付くところに張る方法だ。
正直、トイレの見栄えも良くないし友達やお客さんが来た時のことを考えたらちょっと恥ずかしいのであまりおすすめはしないのだが、一番わかりやすい方法だろう。
トイレットペーパーホルダーの上や座った時の真正面にある壁、トイレのドアノブ付近に貼っておけば絶対に目に入るので、それを見て気が付けばきちんと替える可能性がある。
ただ、何度も言うように見栄えは良くないし。小学校低学年の子に注意するようなレベルの張り紙を付けるのもなんだかなと思ってしまう。
おすすめしないが、一つの方法として頭の片隅にでも入れておいてほしい。
まとめ:この世から「トイレットペーパーの芯を替えない人間」を根絶する
『この世から「トイレットペーパーの芯を替えない人間」を根絶する』という信念のもと、記事を書いたのだが文字数が4,000字を超えていて、自分でも若干引いている。
この記事がどこかにいる
トイレットペーパーを替えない人間
そしてその“替えない人間たち”によって苦しめられている人たちの心が少しでも救われることを祈っている。
長々と怒りを発散させたことでとてもスッキリしたので、いままであいつが何度も行ってきた“トイレットペーパーの芯替えない問題”については、きれいさっぱり水に流したいと思う。
今日はこの辺で、またねっ!