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『靴ひも』の作品情報
監督・脚本 | 監督:ヤコブ・ゴールドワッサー |
ジャンル | ドラマ |
製作年 | 2018年 |
製作国 | イスラエル |
上映時間 | 1時間43分 |
補足情報 | 原題:Laces |
『靴ひも』のあらすじ
イスラエル・エルサレムで自動車整備工場を営むルーベン(ドヴ・グリックマン)は、30年以上前に別れた妻が交通事故で亡くなったとの知らせを受ける。
妻と同居していた息子のガディ(ネボ・キムヒ)には知的障害があり、一人で暮らしていくことが困難なため、受け入れ先が見つかるまでの数週間、ルーベンの家で生活を共にすることになる。
自分が捨てた家族との数十年ぶりの生活に加え、日常生活におけるガディの強いこだわりに最初は戸惑うばかりだったが、少しずつガディと心を通わせていく。
しかしそんなある日、ルーベンが末期の腎不全と診断されてしまう・・・。
『靴ひも』のキャスト
- ネボ・キムヒ
- ドヴ・グリックマン
- エベリン・ハゴエル
『靴ひも』の感想・評価
30年ぶりに一緒に暮らすことになった父と知的障害の息子
30年以上前に子供と妻を捨てて離婚した男が、妻が交通事故で亡くなったとの知らせを受け、妻と同居していた知的障害の息子の受け入れ先が決まるまでの数週間、一緒に生活していくうちに心を通わせていく話。
色々なあらすじを見ると息子であるガディが“発達障害”と書かれていて、発達障害“も”あるかもしれませんが、この映画で描かれているガディの振る舞いや様子を見ると、おそらく中等度~重度の知的障害じゃないかなと思います。
僕もそうですが、一般的には知的障害に対しての知識はあったとしても、知的障害者の性格や行動を見ることは少ないと思うので、知的障害者はどういう人なのか、どういう性格なのか、どういうこだわりがあるのか、周りはどういう風に接しているのか、誰に助けてもらってるのかなどの、人物像や日常生活がわかるだけでも、この映画にはすごく価値があったと思いました。
ガディと関わる人がみんな優しくて温かいのもこの映画の一つの“救い”になっていると思います。
一部の人間はガディのことをバカにしたりするのもリアルでしたね。
医者から「あなたも限界だ、息子から腎臓をもらえ」と言われた時に、ルーベンが「息子に奪うべき物が残ってるのか」と返した時はグッときました。
自分が死ぬときは財産でも思い出でも何か子供に残して死にたいと思うのが親なのかなと思いますが、ルーベンもそれは変わらないようで、息子から知能(精神面)を奪って、家族である母親(頼れる人)が奪われて、腎臓(健康面)までも奪ってしまったら、この先息子はどう生きて行けばいいんだと、最初の頃なら抱いていたであろう同情ではなく、本当に心から息子の将来を思っての発言だったんだろうな。
気になることと言えば、ルーベンは、息子の障害が理由で家族を捨てたのに、その家族との数十年ぶりの別れと再会に加え、数週間一緒に住まなければいけないという事実への戸惑いから始まったにも関わらず、たまに息子にウンザリする様子を見せながらも、子供が馴染まないであろう施設を強く拒否したりして、子供のために行動するのはなぜだったのだろうか?という疑問が残ります。
ルーベンが若いから息子の障害の事実を受け入れられていなかっただけで、大人になったことでその事実を受け入れられるようになったのかと言われればそういう感じにも見えないし、息子から酷い言葉を投げかけられても反論しなかったのは、家族を捨てた罪悪感と母親を亡くした息子の悲しみを思ってのことだったのだろうか。
「親なんだから子供のために頑張るのは当たり前のことじゃん!」と言われればそれまでなのですが、そこら辺の描写が少ないなと感じたので、若い頃に妻から息子の障害を打ち明けられた時にルーベンがに受け入れられなかったエピソードだったり、その後の妻と同居していた息子との生活の描写が入っていたりすると、よりわかりやすかったんじゃないかなと思います。
人物描写や心理描写は少し物足りなかったですが、知的障害の人が生きていく上での過酷でつらい現実を突きつけながらも、温かく優しい人に囲まれているという希望も同時に観れたということで、良い映画だったのではないでしょうか。
もしかしたら映画ほど綺麗ではないかもしれないけど、綺麗でないのなら、自分を含めこの映画を観た人たちが、次にどこかで知的障害の人を見かけたら、優しく手を差し伸べるか、優しく無視するのができたらいいんじゃないかなと考えさせられた作品でした。